国道173号旧線 圓山隧道
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この隧道の存在を知ったのは何時だろう。思い起こせば一昨年の暮れも迫った晩秋(2004年の秋)に当サイト掲示板にて書き込みがあった。それで初めて知ったのである。 それ以来、この隧道が気になって気になって仕方が無かった。上流の龍化隧道は夏になればその姿を現すというのに、こちらはいつになっても顔半分の表情しか見せてくれやしない。 この隧道を相手にそんなやきもきとした日々を過ごした。 |
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そして知己であり、ORJ編集長であるnagajis氏が夏のある日、ついに耐えかねたのかボートを持って内部進入を試みた。この時、私も参加させて頂いたのだが、初めてのボートに悪戦苦闘。というか水遊びになってしまった。 尚、この隧道についてはnagajis氏が詳細に調べているので、そちらを参考にされたし。 そんな夏の日の喧騒も夢の跡、あれから半年近く経った今、この隧道に己の足で踏みこむ独り。 |
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この日は「古坂峠で飯を食う」なんて 昨年暮れにリンク先「近畿の国道と道路標識」サイト管理人おかも氏より「干上がってますよ」との報を受けていたので寄ったのだが、見事に干上がっている。内部も程よく固まっていた。 昨年の年明けすぐに来た時はその水位の高さに絶望に似た感情を抱いたのだが、今ここにこうして立っている。これだけで充分だった。 |
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反対側に出てみた。ポータルを見て眺める。損傷が激しいのだが、それ以上に荒い造りに目が行ってしまう。石と石を組み合わせる目地のコンクリートもなんだかヤッツケ仕事な感が否めない。龍化隧道とはある意味対象的である。あちらは素掘り、こちらはコンクリートというのに何だかこっちの方が安っぽい。迫力が無い。 碑も無い上に、扁額も剥がされているモノだから余計痛々しく見える。 ちなみに扁額は二つとも国道沿いにあり、一つは意外なトコロにその姿を曝している。 せめて工事記録なり、何か歴史が解るモノが一つ読める様にして置いて欲しいものだ。 |
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先述の通り、内部はコンクリート。これも何だか荒い造りである。 竣工年不明な隧道なのだが、おそらく大正〜昭和初期だと推測。コンクリートはまだそんなに普及しては無く、そういう意味から考えると結構な工事だったのでは?と思うのだが。 それと内部が大阪の廃隧道「千早洞」のコンクリート巻きに良く似ており、実は竣工年や竣工に携わった人々は似たようなモノなのでは?と思う。 まったく確証の無い話なのだが。 |
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来た道を戻る。実は取材中にデジカメの電池が切れた(苦笑) 目ぼしい資料も無く、またその多くの時間を水没という過ごし方をしている為、今ひとつ頑張って調べよう。なんて気が起きなかったりする。 ただ、願わくば扁額横の錆びきった解説看板を何とか読める状態のモノに戻して欲しい。 もし情報があれば、ここでその看板の代わりを務めても構わないと思う。 |
―謝辞
この隧道の存在を当掲示板にて教えてくださったBaja乗り氏