国道173号旧線 質山峠



綾部より瑞穂へ向かう、新綾部大橋を渡ったぐらいの所で旧道への分岐がある。 「分岐がある」とは言っても旧道へ行く為のものではなくて、旧道とは別にその先にある ゴミ処理場へのアクセス路として使われているものと思う。

チェーンゲートで封鎖され、通行止めの看板がある方が旧道になる。 看板より先は侵入しようものなら出来ない事もないが、通り抜けは出来ない。葛折れて上り、現道に 合流するその箇所がガードレールで封鎖されているからだ。 したがって徒歩or自転車なら通り抜けできよう。

これがその封鎖箇所である。これでは車輌での踏破は諦める他ならない。 旧道はここが終着ではなく、向かいのやすばやサーキット脇にある細道へと続く。 天王峠の七曲を経て現道に辿りつき、そして現道を挟んだ向かいにある細道に入るような感じだ。

画像がやすばやサーキット脇の細道だ。今ではチェーンゲートで封鎖されている。

当たり前の様に「細道」と書いているが、昔はそれが国道だったのだから恐れ入る。 離合も走行も困難しただろう。今の現道から見ればまさに「酷道」だったと言える。

トンネルを抜け反対側の旧道分岐口を見る。こちらはチェーンゲートに柵と完全封鎖である。 トンネルの上部に見える岩肌の下に旧道がある。よくある山肌沿いに葛折れていくケースだ。 ちなみにゲートの先は残土処理場(?)らしく不用意に立ち入らない事をお勧めする。 私有地は厄介事のタネとなる。

この道は昭和38年(1963年)に国道指定を受けているが、その時は大阪府池田市から京都府瑞穂町までの 区間であった。その後1975年に京都府綾部市まで延び、この時にこの峠も国道となっている。 先の写真のトンネルは1977年完成とあり、完成後は当然トンネルが国道となった。この旧道が国道として 機能していたのはわずか2年間だけである。

2006年のGWの事だ。普段車に乗らないドライバーがそこらじゅうを徘徊している事に辟易としてた私は気付けば質山峠の近くにいた。
連休中だし、ちょっとぐらいならいいよな?などとワケの判らない事を考えながら例の柵の隙間を突破。XJR400だとライダーの脚が柵と単車に挟まります(苦笑)
しかしそこはソレ。何とか突破して峠に到着していた。

古びた白看には「綾部市」まだはっきり読めるレベルだ。

そしてその白看の反対側の法面。「豪快に」とまではいかないが、崩落してました。
触るとさらさらとした砂地の感触なので、今頃はもっと崩れているのだろうなぁ。さすがにこれだけの崩れてるのを見ると、手で落石除去する気にもなれず、撤収。

しかし「その気」になれば峠区間だけでも逝けそうな気がしたのはここだけの話だ。




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