旧国道173号線 天 王 峠

天王峠を越す旧道。天王トンネルの脇にある分岐−ゲートで封鎖されているがここより先は自己責任ということで進入する。 はらがたわ旧線は一部まだ使用が見込まれる為、それなりに整備もされるし、倒木などの障害が発生すれば除去されるが、ここ天王峠の旧線はそれがない。いわば廃道だ。

ゲートの先のすぐそばに丹州古民謡歌の碑がある。
これについては、別掲参照。

峠の切り通しは封鎖ゲートのある地点であり、先のはらがたわの章でも書いたが天王の集落は高台にあることを示している。
民謡歌の碑より先の道ははらがたわの葛折れを彷彿させる道で、かつて「脛木摺峠」「天王の七曲」と謂われた難所である事がわかる。

後日、とある方から明治道の件で問い合わせを頂き、それについて簡単ながら道筋を追ってみた報告書があるのでそちらも併せて参照して頂きたい。

道を進むと、やがて崩落した箇所を見る事が出来る。夏前に訪れたときと晩秋に訪れた時を比べると確実に道は荒廃の途を辿っている事が分かる。
台風がよく来た平成16年だったが、23号が来てから一ヶ月以上たってから訪れても倒木、落石はそのままであった事をここで述べておく。

先の崩落を過ぎると、小さいながらも葛折れが始まる。「七曲り」の名称に違わない道でここを自動車で走る事を想像すると本当に酷い道だったと思う。
葛折れをクリアすると現道に下りる事になるが、現道を挟んだ向かいにまだ旧道は続いていく事となる。

葛折れが続いた前半と異なり、こちらは至って平坦な道だ。「平坦」と書くと誤解されそうだが、路面自体は草も伸び、落葉も片付けられる事無くやはり廃道になるのかと予想できる。
実際、瑞穂側は田園が広がり、農作業される方の道として活用されているが旧道と現道がクロスしている箇所からしばらくは不法投棄もあり、寂しい雰囲気が漂う。

今なら橋をかけてしまう−実際、今なら現道のように高架となっているが、わざわざ沢を回避し山肌に沿った軌跡となっている。
コーナーが無駄に多い、こんなちょっとした事でもそれなり交通量のあった当時を思うと酷道たる所以になっていたのだろう。

道なりに進むと田圃や畑が視界に入るようになる。ここまで来ると道幅も広く、また先にも書いたが農作業の為、人の往来もありちょっと一息つける。
以前にも書いたと思うが、「モノ」に魂が宿るのなら旧道は現道を眺め、何を思うのか?
無意味な事ではあるが、思わずそんな事を考えてしまった。

そして現道に再び合流となる。

昔、‐明治や江戸の頃、ここ天王からはらがたわ峠を越え、池田に向かうというのは過酷な旅だったと思う。
道は有れど、アスファルトがあるわけでなし、まして馬や牛を連れての道中なら大変な事だったのだろう。

そして、整備され快適な運転を約束される現道をひた走り、次の旧道を目指す事としよう。



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